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目標を立てた。

「より具体的な目標を」ということで言語化できる目標にした。

立てた目標を3ヶ月にわたり実施してきた。

してきた。つもりだったのか。

 

ブログ書き2020年5月までに|目標立てたがまだ五合目だったとは

目標はハッキリと立てる。必ず数値を入れる。

そんな風に学んだので、200の記事をアップしようとしていた。

 

1日1日とまったく24時間の過ぎるのはとても早く感じられる。

朝起きる。

ブログ書きの準備をはじめる。

気がつくともうお昼すぎ。

まとまるようでまとまらない記事ネタ。

できるようでできない、記事ストーリー。

何か不足しているものがあるようだ。

しなくても良いことをやりだす。時間が過ぎる。

気がつけば、とっくに太陽が沈みまわりはまったく真っ暗になっている。

この頃は、食事をすると決まって眠たくなる。なってしまう。

どんなに頑張っても思考回路が働かない。

 

眠気覚ましに寝る。

気がつけば、3,4時間は過ぎてしまっている。

どうしたのだ。十分に睡眠はとったのだからバリバリと記事を書けるようになるはずだ。

 

やってみる。

が、どうにもまとまらない。

みんなそうなんだろうか。

 

最初の頃からすると随分書けるようになってきたと思う。感じている。

そう

最初の頃からするとだ。

一週間前からすると、全然変化が見られない。

「継続は力なり」という言葉がある。もっともだと感じている。

行動をして結果を残す。これを継続させていく。こうしないと、成果が出て残っていかないのだ。

 

うすい和紙を毎回一枚・一枚重ねていくことにより気がつけば随分と積み重なって

行く。これが実績というものの正体だ。

 

見えてるようで見えていない。

 

こんな夜にこそしか見えない。見えるようになっていない。

のかもしれない。自分で精一杯努力した。つもりでもこのような状況では

成果は得られないことは明白だ。

 

何事もうまくいく。うまくできる。と考えていること。これ自身は結構なことである。

自分を、自分が行っている事に対して自信を持つようでないとうまくない。

かならず目標を達成することができると考えている。

 

継続していればきっといつかはできるようになるだろう。

ということだ。

 

からだを使って見様見真似で事に当たるやりかたもある。実際にそうしようとした。

見様見真似でやることは、コピペで作成された内容の文章として処理されるかも

しれないのだ。

 

だから、見様見真似による記事作成は、わたしの作業成果を残すことのできる

方法のひとつだと言うことができる。

 

そう言えば、子供の頃から真似をするのはどちらかというと得意な方だったと思う。

ペンをとるよりも、機械やツール、小道具とかを使って物体を創り上げていくことが

得意だったように感じる。

子供の頃は物真似をすることが得意だったような気がする。

 

最初から100点を狙うと結構苦労を強いられている感じだ。

 

出来上がり。最初は20点からでも良い。

それから進めよう。